趣味のことをここ、蝶ブログで書かなくなった理由。
それは別の、趣味に特化したSNSで、書いているから。
趣味リアル世界でブリッコしている自分の裏側を吐露している。
ここ蝶ブログに書いても、読み手はおもしろくもなんともない。
趣味の世界のことは、同じ趣味、同好の人のほうが、実情や内情は、手に取るようにわかっていただける。
リアル趣味社会では、自分でも胸が悪くなるほど、わたしは、いい人を演じていて、げげげっとなる。
なにしろ、社交ダンスなもので、男性と女性の世界。
男性優位らしいので。
まあ、立てる立てる。男性を立てまくる。ゴマも、すり放題。
なにわの商人(あきんど)名物か。
それって、自分に実力がないからである。
その鬱憤を、趣味SNSで、ぶちまける。
すると、どう?
男性は、すすすすすす~と、気持ちいいぐらいに、潮が引くように去っていく。
女性は、やたら元気になる。
そうだ、そうだ、もっとやれ!!みたいな。
自分の手は汚さず、人にやらせる。
わたしは汚れ役か?!
オフ会とか、リアル社会には絶対に顔を出さない、
もし仮に出しても、今のハンドルを消滅させてからしか出ない、という強い思いで、
本音をぶちまけている。
パーティ主催者の方とかは、お客さんに来ていただかないといけないので、
たとえ、本音があっても、すべてを出すことはできない。
その人の発言を読んでいると、それが、ようくわかる。
男性は、かわいい女性がお好みだ。
自分が優位になれる女性。
しかも、若くてキレイでスタイルがよく、気立てがよい女性。
ダンスは自分のほうが少し上手で、というオマケつき。
それが、痛いほどわかっていて、かわいこブリッコしていたら、円形脱毛症になりそうになる。
コップに「不満」という名の液体は、徐々に、日に日に溜まり、増え、
ある日、コップからあふれ出した。
キレた。
・・・
いま、わたしは、レッスンは受けているが、パーティには顔を出していない。
しばらく、治癒するまでお休み。休養タイム。
パリも、自分と向き合う、いい自分時間となった。
やはり人間、無理はよくない。
かといって、あからさまに闘志むき出しで、牙をむいて突進するのも、いかがなるものか。
闘牛の牛なら、適職かも知れないが。
ちなみに闘牛の牛は、闘う牛なので、筋肉もしっかりしているし、闘ったその瞬間、壮絶な最後を迎えるため、
体の硬直状態がよく、テール(尻尾)は美味として絶賛される。
普通の牛ではなく、「闘牛のテール」として、煮込み料理にされていたが、スペインで賞味した。
人間であれば「闘う女性」のテールは、美味か?
人間は食肉としては不適合だろうから、パス。
では、闘う女性の何が、美点として評価されるか?
わたしごとき、裏(自分のブログ)で、ぶちぶち言って、
闘いに負けて、負傷して、きゃいんきゃいんと屋根裏部屋で傷が治るのを待っているような、
そんな女性は、ちっとも闘う女性でもなんでもない。
強いていうなら、「負ける女性」だ。
それを尻目で見て、
男性は、「ふん、男に逆らうとそうなるんだ!」と反逆者を二度と光の当たる場には出られないように痛めつけ、
女性は、「男性に逆らうと、ああなるのね」と怯えた目で遠巻きに見る。
遊郭から逃げ出した遊女への見せしめみたいだ。
最近、週刊誌で読んだ記事にあった、売られた女性が逃げた挙句のお仕置きのごとく。
そこに、男前の救世主が颯爽と現れ、救い出だしてくれると、かっこいいのだが。
日の当たらない屋根裏部屋で、パチパチ、キーを打ちながら、
時折、いたたた、と、痛む傷に、顔をしかめる。
・・・などという図。
ああ、かわいそうで、ぶざまで、マヌケなわたし。
(いちいち説明するのもナンなんですが、生真面目な方がお読みになると誤解を招くので、
・・・これ、心象風景です)
・・・
しかしまあ、ブログは、自分を救う。
救世主は現れなくても、自分で自分を救う。
だってぇ~、誰も救ってくれないし~。
人はアテにできない。
自分のことは自分でする。
自分で落とし前をつける。
人を頼っていては、救われないってことだ。
屋根裏部屋で始まる、自立の第一歩。
まだまだ先は遠い。